かとう家の小ばなし

愛媛県西予市に移住し、地域おこし協力隊として働く旦那とその家族の日常を、嫁ときどき旦那の目線で綴ります。

行ったり来たりから見えるもの

 

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ここ最近、「行ったり来たり」という言葉が気になっていて、じっくり考えています。 

 

例えば、直接「行ったり来たり」という文言が含まれているわけではないのですが、灯台もと暮らし編集長の伊佐さんと、作家のさえりさんの対談を、少し引用してみます。

 

さえりさん:非日常を求めて遠くへ行かない理由があることって、幸せなことだなとも思います。例えば、家族がいるから旅には出られないって、窮屈なことでもあるけれど、一種幸せなことでもあるなって。

 

帰る場所があるって幸せ。『移住女子』刊行記念「ともみ×さえりの旅と本づくりの話」@下北沢「B&B」 | 灯台もと暮らし

 

自分の芝生も青い 

えてして、私たちは自分のもっていないもの、できないことなど「not」に目がいきがちです。でも先ほどのさえりさんの言葉のように、できないことが幸せな一面を表していることもあるなあと。

旅に出かけられる幸せと、出かけられない幸せ。

どちらにも幸せがあることを認識できるような、思考の行ったり来たりができるともっと生きやすくなるんじゃないかあと考えています。

隣の芝生も青いけど、自分の芝生も隣から見たら青いよ!みたいな。 

 

支援する側とされる側

例えばクラウドファンディングでも同じで、はじめは支援する方だったけれど、いつか支援される側になるかもしれない。そうやって支援する側とされる側を行ったり来たりしながら、小さな経済圏でお金がなめらかにぐるぐる回っていく。

 

そんな輪の中に入って、自分もお金もぐるぐる回って行く生き方が、これからおもしろくなってくるんじゃないかなあと考えています。

 

どこかに行けなくても、誰かになれなくても、思考の行ったり来たりで解決できることもある。

 

もし、隣の芝生に転がり込めたとしても、その青さはきっとずっとは続かないから、行ったり来たりしながら自分の庭を愛でていきたいと思います。(玄関の植物は全部枯れてるけど・・・・。)

 

物理的な行ったりきたりについては、こちらのお話がおもしろいです!

行ったり来たりと知らんぷり。 | 隠居系男子