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かとう家の小ばなし

愛媛県西予市に移住し、地域おこし協力隊として働く旦那とその家族の日常を、嫁ときどき旦那の目線で綴ります。

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何になりたいかではなく、どう生きたいか?

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ヨメです。

今日の愛媛新聞に、気仙沼ニッティング社長の御手洗さんのメッセージが載っていました。

成人の日に寄せてというタイトルで、新成人に向けての内容だったのですが、とても良かったので書き残しておきたいと思います。

 

御手洗さんについてちょこっと

気仙沼ニッテッィングと言えば、宮城県気仙沼市で手編みのセーターやカーディガンをつくっている会社。震災後、当初はほぼ日のプロジェクトとしてスタートしましたが、数年前に株式会社化され独立されています。

 

そのセーターは7〜20万円程度するのですが、一点一点丁寧に手編みされていて、品質も高くデザインも素敵なので、商品によっては予約待ち。

私もいつか購入したいなあと考えています。

 

また御手洗さんは、外資系企業に勤務した後、ブータン政府首相フェローとして1年間勤務し、観光産業の発展等に貢献された方です。

「幸せの国」と言われる一方で、社会問題も山積しているブータンでの奮闘ぶりが書かれたこちらの本もおもしろい。

 

 

と、前置きが長くなってしまったのですが、メッセージの内容に戻ります。

 

「将来なになりたいか?」は質問が悪い

小学校6年生の頃、「将来なにになりたいのか」と先生にたびたび聞かれていた御手洗さん。何も思いつかず、途方に暮れてお母さんに相談すると、「それは質問が悪い」とあっさり言われたそうです。

 

その理由を引用してみます。

「小6のあなたが知っている仕事なんて、世の中にある仕事のほんのひと握りにすぎないの。しかも仕事は常に変化しているから、あなたが大人になったときも同じようにあるとは限らない。だから、今無理になにになりたいかを決める必要なんてないのよ。それよりも、自分はどう生きたいか、なにを大切にするのか、心の芯を大切に育てなさい。(※太字は私、個人によるもの)

 

 個人的には全く同じ意見で、「なにになるのか」というのは、「どう生きるのか」を自分なりの考えに基づいて具体化しただけにすぎないので、あまり意味をなさない質問だと考えています。

 

AIなどの発達により、「子供たちが大人になる頃、その65%はまだ存在していない職業に就く」と言われている中で、ますますその質問は意味をなさいないものになっていくでしょう。

 

私自身そういった意見をもっているものの、子どもに同じ質問をされたらちゃんとうまく伝えられる自信が無かったので、この回答は参考にしたいなあと思いました。

 

そして改めて、子ども自身が好きなこと、嫌いなこと、幸せを感じること、許せないことなどをしっかり見つけ、自分の根っこをちゃんと育てていけるように見守っていけるといいなあ。

 

記事にもあったように、そんな根っこ(芯)が、変化の激しい社会に振り回されず、いざというときに頼りになる唯一のものだと思うからです。

 

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