かとう家の小ばなし

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【選挙日記②】市議選に立候補予定の友人と地域を回りながら考えたこと

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ヨメです。

引き続き、市議会議員選挙に立候補予定の友人を応援する活動をしています。

 

 

先日、彼らにお供して地域を回りました。

実際に訪問する中で、地域の方々が考えていること・想いについて直接聞くことができ、考えさせられることが多くありました。

今回は、過疎化が進む地域を実際に歩いて感じたことなどを、綴ってみたいと思います。

 

空家が多い

ちょっと小高いところにあって、見晴らしもよく趣のある家でいいなあ、というところが軒並み空き家でした。中には、引き払うための掃除をしていると思われるお家もありました。

空き家だったところは、そこまで大きな家ではなく、主に平屋で築50年前後と思われるところが多かったように思います。それでも、少し手を加えれば4人家族くらいなら十分暮らしていけるような様子のものです。

あるアパートを訪問した際には、こういったお話を聞きました。

「タダでも借りてほしかった築100年くらいの立派な家が近くにあったんよ。でも、借り手が見つからんかったから、全部壊してしまって、今はここ(賃貸アパート)に住みよるんよ。本当に立派な家でね~。もったいなかったな・・・。もっと早く出会えれば貸してあげれたのにね。」

借りたい人がいる一方で、貸したい人が借りたい人を探せない現実がある。

市内には空き家が2000軒以上あるようなので、こういった状況を解消できるような取り組みができるといいなあ。

 

自分たちの暮らす地域が過疎だと思っていない

ちょっと意外でしたが、自分たちの暮らす地域が過疎だと感じている人はあまりいないような印象を受けました。 このことについてはもっと掘り下げて考えたいので、また改めてまとめます・・・。

 

小学校がなくなるということ

過疎だと思っていないとはいえ、地域の小学校が廃校となり、市内の小学校に統合されてしまったことは大きな意味を持つようでした。自分の家に通っている子どもがいなくても、学校から声が聞こえ、子どもたちの元気に遊ぶ姿が見える、そして登下校の子どもたちとすれちがったり、行事が定期的に催されるだけで、気持ちが明るくなったりすることもあると思います。

なにより、自分たちの守り育ててきものを引き継いでくれる世代を身近で感じることができるということは、地域に暮らす人にとって、少なからず日々の活動のモチベーションになるんだろうなと会話の節々で感じることがありました。

小学校がなくなるということは、ただハコとしての場がなくなり、通学が遠くなるというだけでなく、子どもが通っていてもいなくても、地域に与える影響は大きいんだなあということを、頭ではなく心から実感した体験でした。

 

友人たちは、そんな訪問をここ1ヶ月ずーっと続けています。

毎日彼らと話していますが、毎日いろんな出会いやドラマがあるようで、社会のネット化が進む一方、特に地方はまだまだリアルな場やそこでの出会いが大きな意味をもつんだなあと感じます。

 

その辺のお話については、また次回に!