かとう家の小ばなし

愛媛県西予市に移住し、地域おこし協力隊として働く旦那とその家族の日常を、嫁ときどき旦那の目線で綴ります。

叶え組のしごと論

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さくちゃんの言葉を借りると、私は特にやりたいことがない「叶え組」だと思う。

世界は「夢組」と「叶え組」でできている|桜林 直子(サクちゃん)|note

 

「森のようちえん」をやってるじゃん!とつっこまれそうだけれど、「こうだったらいいな」と思う世界があり、じゃあ今できることは何だろうと考えて「森のようちえん」をやっている。

だから、「絶対に森のようちえんをやり続けたい!」という姿勢とはちょっと違う。

「こうだったらいいな」と思う世界により近づくために、いつか別の形態で活動をスタートさせる日がくるのかもしれない。

(近いうちに、森のようちえんをやめる予定があるという訳ではないので念のため)

 

手段としてではなくて衝動としてやりたいことがあるか?という意味で、私はやりたいことがある「夢組」ではなく、やりたいことがない「叶え組」なんだと思う。

 

そんな私はまだ20代の頃、仕事をとおして誰かの役に立ちたいと考えていた。

自分がやっている仕事は誰の役に立っているんだろう、と不安だった。

「誰かの役に立てる仕事」っていうのがあると勘違いしていた。

 

今思えば、なんて独りよがりで傲慢な考え方だったんだろうと思う。

世の中にある仕事は、全て人の役に立っている。

だから仕事として成立しているのだ。

 

細かく分解してみると、より多くの人の役にたっていると(自分が)思える仕事がしたいと考えていたみたいだ。

でもそれは、時に苦しくなる。

自分が満たされるかかどうかは、相手が喜んでくれるか?など、全て相手次第だから。

そして、自分がどこにも居ないからだ。

 

当時、「社会起業家」が時代のキーワードになりつつあり、マザーハウスの山口さんとか、HASUNAの白木さんとか、同世代の女性の活躍がまぶしかった。彼女達たちの書籍を読んでは勇気づけられ、同時に、何もできていない自分に、勝手に落胆した。

一時期、本気でマザーハウスに転職しようかと考えたけれど、実行には移せず時は流れた。

 

その後、私はまちづくりに興味をもった。

そのうち地元に帰りたいと考えていたし、まちづくりに関われば、たくさんの人の役に立てるんじゃないかと感じていた。

 

当時、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが情熱大陸に出演され、「コミュニティデザイン」という手法が注目されはじめた頃だった。

「コミュニティデザイン」とは、人のつながりをデザインすること、つまり、人がつながる、つながり続けるしくみをつくることだ。

ここにも「自分」はあまり出てこなかった。

むしろ最終的なゴールは、自分がいなくなってもコミュニティがうまく回っていく、しくみをつくることだから。

 時に、「自分」を見失いそうになった。

 

その後、都市部での消費に偏った生活に疑問を感じた私は、移住に興味を持ちはじめ、関連イベントに参加するようになった。

そして、最終的に移住した。

「いつか帰りたい」と思っていたいつかは、意外に早くやってきた。

 

誰かの役に立ちたいと考えていた20代から、10年以上の月日が流れ、やっと分かってきたことがある。

 

自分は「叶え組」で、「どうしたいのか」、「何がやりたいのか」までは落とし込めなくても、「どうありたいのか」は分かっていた方がいい。

 

「誰かのために」という気持ちが強すぎると、時に苦しくなる。

そして、続けられなくなる。

最悪の場合、「私はこんなにやってるのに、分かってくれない!」って思ってしまう。

頼まれたことをやっているわけでもないのに。

 

だから、「やりたいこと」が無かったとしても、「どうありたいか」はもっていた方がいい。

 自分としっかり向き合う作業が必要で、時に苦しいかもしれないけれど、答えは自分の中に必ずあるから。

 

以上、ここ10数年の自分を振り返って思うことでしたー。現場からは以上です!