かとう家の小ばなし

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日常には戦争を止める価値がある。|花森安治伝-日本の暮らしを変えた男-を読んで考えたこと。

 

ヨメです。

朝ドラのとと姉ちゃんは終わってしまいましたが、なぜ今のこのタイミングで「暮らしの手帖」を創刊した大橋鎮子さんと花森安治さんのストーリーが朝ドラでとりあげられたのか。

そんなことが気になっている今日この頃です。

 

というわけでここ最近、下記のブログで紹介されていた「花森安治伝-日本の暮らしを変えた男-」 を読んでいました。

今日は、先日読み終えたこの本について考えたことを書いてみようと思います。

 

ウェブメディアは研究成果を発表する場に。 | 隠居系男子

 

暮らしの手帖のはじまり

初代編集長として数々の伝説を残した花森さんは、2度兵隊として招集された経験があります。また、1941年にはデザイナーとして勤務していた化粧品会社の伊東胡蝶園を辞め、大政翼賛会に入りました。

今では、戦争を押し進めたと認識されている大政翼賛会ですが、発足時のイメージは必ずしもそうではなかったようす。

 

今この国を守るには、軍部や政党や官庁をはじめとする既存のしくみをまるごとかえてしまうしかない。(中略)

ーなにがなんでも私たちの国を守らなければならない。

守るべき国とはなにか。まず第一に、私たちの暮らし、日本人の日常生活である。私たちの暮らしを、精一杯、守りがいのあるものにしてゆこう。

 

花森さんは、そんな想いで翼賛会入りしたようなのです。

しかし、そのうち大政翼賛会は軍部の手に落ちてしまう。

 

そのため、結果として戦争に加担することになり、敗戦をむかえます。

ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。言訳させてもらうなら、当時は何も知らなかった、だまされた。しかしそんなことで免罪されるとは思わない。これからは絶対だまされない、だまされない人たちをふやしていく。その決意と使命感に免じて、過去の罪はせめて執行猶予にしてもらっている、と思っている。

(太字は私個人によるもの)

 

その後、敗戦を乗り越えて復興していく過程で 、朝鮮戦争がはじまり、戦後の「占領政策の行き過ぎ」を「しかるべく是正」して戦前の「うるわしき」日本に戻そうという動きが表面化していきます。いわゆる「逆コース」という潮流でした。

 

さらに、日本社会が朝鮮戦争の特需で高度経済成長にむけていっせいに走りはじめ、米ソ冷戦下での二大政党による「55年体制」がはじまったのもこのころ。

 

そういった一連の動きは、敗戦後に漂っていた、これからはなんでも自由にやれるのだという、途方もないほどの開放感をただの「行き過ぎ」や「アメリカのサルまね」にすぎないものにしていくようなもの、そう花森さんの目には見えたようです。

 

そんな世の中の流れにこれ以上は我慢できない。そんな想いで本格始動をはじめたのが暮らしの手帖だったのです。

そのとき、おぼろげながら思いついたことは、戦争を起こそうというものが出てきたときに、それはいやだ、反対するというには反対する側に守るに足るものがなくちゃいかんのじゃないか。(中略)それで、ぼくは考えた。天皇上御一人とか、神国だとか山と民族だとか、そういうことにすがって生きる以外になにかないか。ぼくら一人一人の暮らしはどうか。暮らしというものをもっとみんなが大事にしたら、その暮らしを破壊するものに対しては戦うんじゃないか。つまり反対するんじゃないか。

(太字は私個人によるもの)

 

大切な「暮らし」とは何か

「暮らし」とは何か?この問いへの答えは、おそらく人それぞれ。

質問者の数だけ答えがあるのではないでしょうか。

 

じゃあ、守りたい大切な暮らしとは何か。

私はそれを営めているのか。

ちゃんと理解できてるのだろうか。

それをずっと考え続けています。

 

一方で、普遍的な答えがあるとすればそれは、花森さんが残したメッセージにもある

「人間の暮らしは何者も犯してはならない」

に尽きると思います。

 

 昨日開票になったアメリカ大統領選挙の結果にも見るように、私たちは今、とても大きな転換期にいます。

 

例えば原発問題に関して、私が反対したところで世の中何も変わらないという人もいます。

でも、自分たちが守りたい暮らしがあるのならば、声をあげて守っていかないと、大切な暮らしを守ることすらできない世の中も、すぐ近くにきているような気もするのです。

 

だからこそ、下記のブログで鳥井さんが話されているように、「自分にとって大切な「暮らし」とは何か?」を気付けるようになることが、今一番求められているのだと思います。

 

「暮らし」というテーマに人生を賭けることの意味。 | 隠居系男子

 

最後に、「赤ん坊の医学」から、ロングセラーである「育児の百科」などにいたる著作で知られるようになった、小児科医の松田道雄さんのことばを。 

日常の暮らしを大切にして国家や政党の力に屈することをよしとしない自由思想家でもあったそうです。

 

戦争への抵抗は日常を大事にすることだ。(中略)平和を守るのに、殉教者のような反戦活動家よりも、ふつうの主婦の日常の尊重に期待するゆえんである。

(太字は私個人によるもの)

 

 なぜ今、暮らしの手帖を取り上げようと思ったのか?について、詳しくは下記記事がとても面白いので、興味ある方は是非!

 

これからも、大切な「暮らし」について考えて、営んでいきたいと思います〜!