読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かとう家の小ばなし

愛媛県西予市に移住し、地域おこし協力隊として働く旦那とその家族の日常を、嫁ときどき旦那の目線で綴ります。

MENU

選挙結果から民意は分からない。|「決め方」の経済学(坂井豊貴著)を読んで

BOOK THINKING

 

どうもヨメです。

4月には市議会議員・市長選挙、7月には参議院選挙がありました。

その結果を見るにあたり、自分の中でいろいろと腑に落ちない部分がたくさんありまして。このモヤモヤはなんだろう、うーんと思い出しては考えてたところ、twitterで上記の本を発見。

 

ほぼ日の篠田さんがお薦めされているので、これは間違いないだろうと購入し、しばらくの積んドク期間を経て、やっと読み終えたのですが、腑に落ちることがたくさんありました。

この本は、帯にも書いてあるように多数決の欠陥について深掘る本です。

今日は、腑に落ちポイントを中心にまとめてみたいと思います。

ちょっと長くてこ難しいことを書いているので、ご興味のある方に読んで頂ければと思います!

 

多数決の欠陥

筆者が挙げる多数決の欠陥はこうです。

 

①選択肢が3つ以上あると、票の割れの影響を強く受けてしまい、「票の割れ」が起こると多数決はまともに機能しない。

 

例えば、2000年のアメリカ大統領選。

ゴア(民主党)、ブッシュ(共和党)が主要候補で当初の見込みではゴアが有利だった。しかし、ゴアと一部の支持層がかぶるネーダー(緑の党)が参戦したことで、それが致命傷となり、ゴアは敗北し、ブッシュが勝利した。

 

その後のブッシュのアフガニスタン侵攻→フセイン政権倒れる→フセイン政権の残党がイスラム過激派組織を結成→その組織が母体となりISにまで成長

 この流れに触れ、著者は多数決を使わなかったらイスラム国は誕生しなかっただろうと推測している。

 

多数決の選挙だと、選択機会が豊かになること(選択肢が増えること)が、結果を奇妙に歪ませていることを挙げています。

 

②自分(候補者)を1位としてくれる有権者の数を最大化するレースであり、つまり有権者に、2位以下をすべて白票とすることを強要している(2位以下を書くことができない)。

 

つまり、すべての有権者から2位と評価されてもそのレースではゼロ票。

候補する側からは、ある有権者に2位とされるのも最下位とされるのも、等しく無価値なことなんですよね。

 

著者は上記の欠陥を踏まえた上で、多数決にかわる一番単純な選挙方式として、決選投票を行うこと、より本格的な変更案としてボルダルールを提案しています。

ここでは、ボルダルールについてまとめてみます。

 

ボルダルール

「1位に3点、2位に2点、3位に1点」と順位を配点する決め方です。

本書では、9人の有権者と4人の候補を設定。誰を1位に支持するかは有権者によって異なるが、ボルダルールの元では全員から2位に支持される候補者Bが選出されることを説明しています。

つまり、ボルダルールでは有権者にとっての1位にはなれなくても、広く支持される人が選ばれるということです。

 

少々複雑になるので割愛しますが、この場合候補者Bは他の候補者を選ぶよりも満場一致に近いことも例を挙げて証明されています。(1位になるためのステップ数を比較するやり方で、Bは最短になる。)

 

文中にもあるように、民主主義は多数派のためではなく、(ノット・フォーマジョリティー)、万人のため(フォー・オール)のものである。

そういった原点に立ち返ると、現時点ではボルダルールが最も選挙に適した決め方だということに納得がいきました。 

 

このように

決め方を変えると、結果が変わる。

だからあるのは民意ではなくて、選挙のやり方のほうだ。

 

と著者は指摘します。

 

多数決と暴力は何が違うのか

ここで、著者は「闇入者」という小説を紹介しています。

深夜9人の見知らぬ家族に侵入されたある家に住む主人公。

侵入者たちはいきなり、「この部屋がわれわれのものであるかないか」と議題を切りだし、「われわれの部屋であることに意義なし」と唱えます。

侵入された男は、「くだらない」と一蹴するものの、リーダー格の侵入者に「君は民主主義の原理である多数決を下らないというのか」と言葉を返されるお話です。

この話に出てくる多数決はあまりにも暴力的・・・。

 

では、どんな条件で多数決を正当化できるかというと、

 

①多数決で決める対象に、皆の共通目標がある。

有権者の判断が正しい確率Pは0.5より高い。(つまり、コイントスで裏表をあてる確率よりは高いよねということ)

有権者では各自で判断する。ボスに従ったり、空気に流されたり、「勝ち馬」に乗ろうとしない。

 

最も腑に落ちたのは、次の1文でした。

多数決はどうでもよいことを決めるのには適している。

そう、今日のお昼は何を食べに行く?イタリアン?それとも中華?くらいに使うのがちょうど良さそう。

それも、後日の同様の機会に先日はイタリアンにしたから、今日は中華にしようか!という配慮があると期待できる時なんだけれど・・・。

 

おわりに

私たちは、多数決を使うことは、子どもの頃いつの間にか教わる、けれど、その正しい使い方は、大人になっても教わることはない。

 

多数決はより良い社会を築いていための、あくまで道具なんですよね。

本書を読んで、日本、社会が変わるには、まずは多数決というルールを変える必要があるのか!と気づけたことは、本当に目から鱗でした。

 

著者があとがきで述べているように、ルール変えるためにまずは、世論調査からボルダルールを取り入れてほしい。選挙結果を予想するためではなく、人々の細かな意志を明らかにする世論調査をしてほしいです。

 

前回の市議選では、ネットに候補者の情報がほとんどなく、候補者の推す政策をはじめ、そもそもどんな人かもわからず、移住者としては???な選挙でした。

 

次回市議選があるときには、もっと投票しやすい身近な選挙を目指して、勝手にボルダルール世論調査!とかできるようなメンタルと体力をつけて望めればと密かに考えています〜。

 

広告を非表示にする